第8のサヨナラ
夏の日の花火感傷
。
その4
店を出ると
、
通りは、
すごい人波だっ
た。
そろそろ花火大会も佳境を越えつつあるのかもしれない
。
駅へ向かう人の波に
、
僕と裕子さんは手を繋いだまま、
飲み込まれた
。
ぱ
っ
と弾けて、
一、
二、
三、
四・
・
・
ドン!
﹁
不思議だよね﹂
裕子さんが言
っ
た。
﹁
何が?
﹂
﹁
花火の音。
どうして一緒に聞こえてこないんだろう﹂
﹁
ああ。
光と音では、
速度が違うから﹂
﹁
ふうん﹂
﹁
離れれば離れるほど、
到達する時間も伸びていく﹂
﹁
分かっ
たような、
分からなかっ
たような﹂
裕子さんは
、
笑っ
て首を傾げる。
笑顔が悲しげだっ
た。
※
﹁
ねえ﹂
僕は
、
立ち止まっ
て言っ
た。
﹁
裕子さんは、
僕といて楽しい?
﹂
立ち止まる僕らの傍らを
、
駅へ向かう人の波が通り過ぎていく。
川辺の小石を避けるように
、
通り過ぎていく。
﹁
楽しい?
﹂
﹁
楽しいわよ﹂
裕子さんは事も無げに答えた。
﹁
じゃ
あ、
楽しかっ
た?
﹂
ぱ
っ
と弾けて、
一、
二、
三、
四、
五・
・
・
﹁
楽しかっ
た﹂
裕子さんが言う。
﹁
ジュ
ン君は?
﹂
﹁
楽しかっ
た﹂
!
花火が弾ける音が、
遠くに聞こえた。
僕らは、
知らぬ間に、
もう
、
ずいぶん遠ざかっ
てしまっ
ていた。
﹁
でも、
行くんだよね﹂
﹁
でも、
行くの﹂
裕子さんはに
っ
こり笑っ
た。
二人で会うのは
、
おそらく、
これが最後になる。
そう考えたら
、
一瞬だけど、
何もかもを放り出して、
あのカッ
プルがそうしていたように
、
その場に座り込みたい。
そんな衝動に駆られた
。
※
一度だけ
、
裕子さんの前で泣いた日のことを思い出した。
それは
、
渋谷のレイトショ
|
で﹁
トリコロ|
ル﹂
を観た日のことだ。
﹁
トリコロ|
ル﹂
は、
裕子さんが一番好きな映画だっ
た。
でも
、
僕はその映画のよさが全然、
分からなかっ
た。
むしろ退屈だと感じた
。
それが悲しくて
、
それが悔しくて、
僕はその日
、
飲めないお酒を飲み、
無様に泣いた。
﹁
気にしなくていいの﹂
裕子さんはその日
、
僕を中目黒にあるマンショ
ンに連れて行っ
て、
慰めてくれた
。
﹁
分からないのは恥ずかしいことじゃ
ないから﹂
分からないことは
、
きっ
と、
今の自分にはまだ分からないということであ
っ
て、
時がたてば分かる日が来る、
そういうことなのだと。
だから
、
無力、
無知、
世間知らず・
・
・
分からないことに対して、
いらだ
っ
てはいけない。
可能性を信じて、
人はもっ
と、
謙虚になるべきだと
。
※
﹁
どうかした?
﹂
立ちすくむ僕に
、
裕子さんが言っ
た。
僕はゆるゆると首を振
っ
た。
﹁
何?
﹂
裕子さんが
、
手を伸ばす。
僕の頭をぐしゃ
ぐしゃ
っ
とかき回すと﹁
ごめんね
﹂
と短く言っ
た。
﹁
違うんだ﹂
僕は、
なおも首を振っ
た。
正しい順序を経ていれば
、
裕子さんは遠くに行かなくて済んだのではないか
。
そんな気がした。
きっ
と、
チャ
ンスはいくらでもあっ
たはずなのだ
。
僕が見逃していただけで。
﹁
行こう﹂
僕は裕子さんの手を握
っ
て歩き出した。
﹁
どこへ?
﹂
﹁
花火を﹂
﹁
花火を?
﹂
ぱ
っ
と弾けて、
一、
二、
三・
・
・
ドン!
僕は
、
人波をかき分け、
ひたすら音のする方を目指した。
確かに
、
僕には分からないことが多すぎる。
何が分からないのかさえ
、
分からないくらいだ。
でも
、
僕はまだ高校生で、
それはしょ
うがないことなのだ。
いつか
、
分かる日が来ると、
信じるしかないのだ。
サヨナラを言うのは今じ
ゃ
ない。
何を考えているの
?
裕子さんが言う
。
僕は花火の下に着いたら
、
ちゃ
んと言おうと思っ
た。
了