第8のサヨナラ
夏の日の花火感傷
。
その3
ぱ
っ
と弾けて、
一、
二、
三・
・
・
ドン!
﹁
裕子さんは、
どう思っ
た?
﹂
﹁
どうっ
て?
﹂
﹁
だから、
さっ
きの話を聞いて﹂
﹁
さっ
きのっ
て、
大沢マキさん?
﹂
裕子さんは首をかしげて
、
少し困っ
た表情をした。
僕は慌てて
﹁
別に、
やきもちを焼いてほしいとか、
そういう意味で話をしたわけじ
ゃ
ないよ﹂
と言っ
た。
﹁
わかっ
てるわよ﹂
裕子さんは微笑むと
、
チラっ
と時計を見る。
カラン
。
グラスの中から氷が落ちる。
﹁
もう時間?
﹂
と僕は聞く。
﹁
まだ大丈夫﹂
裕子さんは首を振る
。
僕は裕子さんのグラスを覗き込んだ
。
そこには、
半分を少し過ぎたくらいのアイステ
ィ
|
が残っ
ていた。
裕子さんは
、
いつもゆっ
くりと飲み、
ゆっ
くりと食べる。
僕みたいに分量を間違えるようなことはしない
。
溶け出した氷をすするような真似もしない
。
カレ
|
とご飯じゃ
ないけど、
その割合は絶妙なほどピ
ッ
タリだ。
でも
、
それは言い換えれば、
裕子さんの飲み物がなくなっ
た時が、
終わりの時間ということでもある
。
※
裕子さんは
、
来週、
東京を離れて、
どこか遠くに行くことになっ
ている
。
聞かされたのは
、
つい1週間前のことだ。
二人で映画を見終わっ
て、
いつものようにご飯を食べている時のことだ
っ
た。
﹁
遠くに行くの﹂
裕子さんは突然に言
っ
た。
前後の脈絡とか
、
一切なかっ
た。
﹃
明日は、
雨が降るでしょ
う。
﹄
それは、
ニュ
|
スで見る、
天気予報の降水確率ような軽い調子だ
っ
た。
行きたいから行くのか
。
行きたくいけど、
行かなければならなくなっ
たのか、
よく分からなかっ
た。
﹁
そうなんだ﹂
僕は言っ
た、
と思う。
ひどく動揺していた。
いつか
、
そうなるだろう。
そんな気はしていた。
でも、
それが今、
この時に
、
こんな形で訪れるとは考えていなかっ
た。
結局
、
どうして遠くに行かなければならないのか、
僕は聞くことができなか
っ
た。
※
出会
っ
てから、
1年が経とうとしていた。
もう1年なのか
、
それともまだ1年なのか。
よく分からないけど、
僕らはとにかく
、
その間、
たくさんの映画を観た。
何度か家に泊めてもら
っ
た。
一緒に朝焼けを見た。
でも
、
僕が裕子さんについて知っ
ているは、
そう多くない。
年齢が
﹁
かなり﹂
離れていること。
映画がとても好きなこと。
一番好きなのは
﹁
トリコロ|
ル﹂
、
一番嫌いなのは﹁
ナチュ
ラルボ|
ンキラ
|
ズ﹂
。
後は、
お肉が余り好きではないこと。
雨の匂いが好きなこと
。
意外に臆病なこと。
足が子供並にすごく小さいこと。
本当に限られたことばかりだ
。
裕子さんの本当の年齢とか
、
何の仕事をしているかとか、
どんな人生を送
っ
てきたのかとか、
僕のことを本当はどう思っ
ているのか。
僕は知らない
。
もちろん
、
知ろうと思えば、
知ることができたのかもしれない。
でも
、
僕は聞くことができなかっ
た。
二人の間にある
、
大きな隔たりを、
目に見える形として突きつけられるのが怖か
っ
た。
なぜなら、
それは、
僕にはどうすることもできないものだから
。
カラン
。
裕子さんのグラスの中で氷が落ちる。
僕は
、
ただ、
じっ
と裕子さんの手元を見詰める。
じ
っ
と見つめることで、
氷が溶ければいい。
そう思う。
好きだから
、
相手を困らせていいというわけではないのだ。
この1週間
、
僕は自分に、
そう言い聞かせ続けている。
※
ぱ
っ
と弾けて、
一、
二、
三・
・
・
ドン!
﹁
何考えてるの?
﹂
裕子さんが言う
。
﹁
何も﹂
僕は答える
。
分からないことが多すぎる
?
そんなこと言
っ
ても、
どうしようもないことだ。
﹁
ジュ
ン君てさ﹂
裕子さんは頬杖をついて
、
僕の顔を覗き込んだ。
甘いフロ
|
ラルな香りが、
鼻先をかすめる。
﹁
何考えてるか分からないっ
て言われない?
﹂
﹁
よく言われる﹂
僕は答えた。
大沢マキにも言われた
。
以前に付き合っ
ていた彼女にも言われた。
女の子だけじ
ゃ
ない。
みんなそう言う。
友達も。
先生も。
母も。
別れた父も
。
新しい父も。
沈黙が訪れると、
それをまるで僕のせいであるかのように
、
﹁
何考えてるの﹂
っ
て。
﹁
よくないよ、
そういうの﹂
﹁
でも、
何も考えてないんだから。
しょ
うがないよ﹂
裕子さんは
、
ふうっ
とため息をついた。