第8のサヨナラ
夏の日の花火感傷
。
その2
﹁
女の子には、
そういう時があるのよ﹂
別にいいじ
ゃ
ない。
裕子さんは庇うように言っ
た。
﹁
そういうのも分からないじゃ
ないけど、
場所ぐらい選んで欲しかっ
たよ﹂
歩いて数分のところには
、
小学校時代の友人、
知人がたくさん住んでいた
。
なお悪いことに、
すぐ傍らには、
ラブホテルの入り口があっ
た。
6年生の頃、
教師が不倫に使っ
ているという噂がたっ
たこともある
、
いわくつきのホテルだ。
﹁
まるで僕が、
彼女に、
そういうことを強制しているみたいだろ﹂
裕子さんは手を叩いて笑
っ
た。
﹁
で、
それから、
どうしたの?
﹂
声を潜める
。
連れ込んだ?
と笑っ
た。
﹁
まさか﹂
僕は首を振る。
﹁
じゃ
あ。
捨ててきた﹂
﹁
そんなこと﹂
僕は電柱の下のカッ
プルをあごでしゃ
くる。
﹁
ああやっ
て1時間、
ずっ
とそばにいたよ﹂
﹁
律儀だね﹂
裕子さんは、
うんうんと頷いた。
よくやっ
たとでも言いたげだ
っ
た。
※
大沢マキが転校してい
っ
たのは、
それからしばらくしてからのことだ
。
中3の今の時期になっ
て引っ
越すなんて、
早々
あることじゃ
ない
。
噂では、
親が会社をクビになっ
て夜逃げしたとか、
そんな感じだ
っ
た。
詳しいことは知らない。
﹁
その子、
きっ
と、
ジュ
ン君のことが好きだっ
たんだね﹂
裕子さんは
、
アイスティ
|
をゆっ
くり飲みながら言っ
た。
﹁
そうかな﹂
﹁
そうだよ﹂
裕子さんが
、
僕をじっ
と見て、
ゆっ
くり瞬きをする。
本当はそれぐらい
、
分かっ
てるんでしょ
。
翻訳するとそんな感じ。
背中の手の届かないところが
、
むず痒くなっ
て、
僕はすでに中身の飲み終えたカッ
プを、
ゴクリ、
喉を鳴らして飲んだ振りをした。
﹁
裕子さんにもそういうことあるの?
﹂
裕子さんは優しく微笑むと
﹁
あるわよ、
それはもう﹂
と言っ
た。
﹁
今でも?
﹂
﹁
今でも﹂
﹁
僕は見たことない﹂
﹁
ジュ
ン君には、
できないよ﹂
﹁
どうして?
﹂
裕子さんは首を傾げる
。
﹁
理性が働くから、
かな﹂
と言っ
て、
宙を眺めた
。
言い争う声は聞こえなくな
っ
たが、
カ
ッ
プルの話し合いは、
依然として続けられている。
﹁
理性?
それは、
僕がまだ高校生だから?
﹂
﹁
それもある﹂
﹁
それだけじゃ
ない?
﹂
﹁
それだけではない﹂
※
僕と裕子さんとは
、
1年ほど前、
東中野にある小さな映画館で知り合
っ
た。
その日
、
本当なら僕は当時付き合っ
ていた彼女と、
一緒に映画を観にいくはずだ
っ
た。
ドタキ
ャ
ンの連絡があっ
たのは、
前日の夜中
、
深夜2時を過ぎてからのことだ。
﹁
明日は雨なの﹂
と彼女は言っ
た。
﹁
それがどうしたの?
﹂
彼女は
、
自分はひどい頭痛持ちで、
特に雨が降ると、
頭がギリギリと締め付けられるように痛むのだと説明した
。
雨が降ると
、
デ|
トがキャ
ンセルになる。
まるで
、
彦星と織姫みたいだ。
僕は
、
そう言っ
て、
茶化した。
﹁
延期しようか﹂
僕がそう言うと
、
﹁
何でそうなるのよ﹂
彼女は突然
、
怒りだした。
意味が分からなか
っ
た。
デ|
トをドタキャ
ンされたのは僕だ。
深夜、
寝入
っ
ているところを電話で叩き起こされたのも僕だ。
彼女の頭が痛むのは可哀想な話だけど
、
僕が雨を降らせたわけじゃ
ない。
なぜ彼女が怒るのか
、
僕にはよく分からなかっ
た。
﹁
ジュ
ン君のことがよく分からなくなっ
た﹂
泣きだした彼女はそう言
っ
て、
一方的に電話を切っ
た。
そのままベ
ッ
ドに横になることもできたけれど、
僕は結局、
その日、
一人で映画を観に行くことにした
。
理由は上手く説明できない。
誰かと一晩かけて喧嘩をしたのは初めてのことで
、
僕はものすごく疲れていた
。
でも、
ここで映画を観に行かなければ、
負けのような気がしたのだ
。
※
映画は
、
全く面白くなかっ
た。
誰かと誰かが
、
運命的に恋に落ちる。
誰かが喧嘩したり、
病気になっ
たり、
死んだりする。
どこにでもあるようでいて、
実際にはどこにもない
。
そんな話。
好きな女の子と見たら、
それなりに面白かっ
たのかもしれない
。
でも、
僕は一人きりだっ
た。
﹁
君、
寝てたでしょ
﹂
その日
、
映画を見終わっ
て会場を出たところで、
突然
、
トントンと肩を叩いた女性がいた。
花柄のワンピ
|
スに、
黒いブ|
ツ。
スラ
っ
と背が高くて、
見るからに大人の女性っ
て感じ。
﹁
ねえ、
寝てたでしょ
﹂
それが裕子さんだ
っ
た。
﹁
いえ、
寝てないですよ﹂
その時
、
僕は何故だか分からないけど、
ウソをついた。
き
っ
と、
やましさもあっ
たのだろう。
映画を観て寝るなんて、
初めてのことだ
っ
た。
﹁
寝てないですっ
て﹂
僕は繰り返した。
﹁
ウソばっ
か﹂
裕子さんは声を立てずに笑うと、
よかっ
たら、
一緒にご飯を食べにいかないかと僕を誘
っ
たのだっ
た。