第7のサヨナラ
夜のヴ
ァ
|
ジンロ|
ドその4
彼とは
、
あれから、
一度だけ、
電話で話をしたきりだ。
会社に行くこともなくなり
、
ずっ
と家の中に閉じこもっ
ていた私に、
彼が
、
何度も何度も、
しつこく電話をかけてきたのだ。
ず
っ
と無視していたが、
その時だけ出てしまっ
た。
本当に
、
寂しかっ
たのだ。
彼は
、
奥さんに感づかれたのは自分の不注意だと言っ
て、
泣いて謝っ
た。
それから、
仕事まで失わせることになっ
てしまっ
たことについての謝罪
、
3年間という過ぎていっ
た時間についての謝罪、
自分がも
っ
としっ
かりするべきだっ
たという謝罪。
放
っ
ておいたら、
そのうち、
好きになっ
てゴメンとか、
出会っ
てゴメンとか
、
生まれてゴメンとか言い出すのだろう。
﹁
泣かないでよ﹂
私は、
彼の言葉を遮っ
た。
あんたが泣いたら
、
私は泣けないじゃ
ないかと思っ
た。
彼はまたゴメンと言
っ
て、
私はそこで電話を切っ
た。
あれから
、
一度も会っ
ていないし、
連絡もとっ
ていない。
電話やメ|
ルはひっ
きりなしにかかっ
てきたが、
私は出なかっ
たし、
返事もしなか
っ
た。
サヨナラはまだ言っ
ていないが、
もう言うこともないだろう
。
※
﹁
でも、
なんか、
すごいよね﹂
レイコが遠い目をして言
っ
た。
﹁
何が?
﹂
﹁
みんなが祝っ
てくれるっ
て﹂
﹁
レイコだっ
て式挙げたじゃ
ない﹂
レイコは首を振
っ
た。
何か言いかけて、
また首を振っ
た。
ミキと勇太君は
、
高校も一緒、
大学も一緒。
足掛け10年の付き合いになる
。
その長さになぞらえて二人を紹介するなら
、
司会者が冒頭に言っ
た通り
﹁
10年にわたり愛を育んだ﹂
ことになるのだろうが、
実際はそんな単純なものではなか
っ
たはずだ。
10年
。
ミキと勇太君の間には、
浮気があっ
て、
喧嘩があっ
て、
何度も別れてはヨリを戻し
、
同居しては実家に戻る。
その繰り返しだっ
た。
互いのいいところと嫌なところ
、
すべてを知り尽くしている。
それが
、
いいことなのか悪いことなのか、
私には分からない。
けれど、
こうや
っ
て形になっ
たのを見ると羨ましくも思えた。
※
彼とは
、
3年間、
ほとんど喧嘩することもなかっ
た。
仲がいいとか
、
悪いとか、
そういう問題ではなかっ
たと思う。
そもそも
、
私達には、
喧嘩をするための下地がなかっ
た。
過去がなか
っ
た。
共通の友人もいなかっ
た。
思い出に花を咲かせるべき
﹁
あの頃﹂
がなかっ
た。
3年間
。
会社帰りには、
ほぼ毎日のように会っ
ていたのに、
一体
、
何を喋っ
ていたのか、
今はよく思い出せない。
六本木ヒルズの展望塔に登
っ
た。
東京タワ
|
で一緒に夜景を見た。
聖路加タワ
|
の最上階で食事した。
楽しか
っ
たことは、
全部、
夜の思い出ばかりで、
まるでその暗がりに身を潜めるように
、
私と彼は二人っ
きりで時を過ごした。
他の誰も私たちを見とめる人はいなか
っ
た。
胴上げを終えた勇太君が
、
気持ち悪いと言っ
て、
会場の隅に座り込み始める
。
ミキが、
ドレスが乱れるのを構わず、
バケツを持っ
て走り寄
っ
ていく。
気を利かせた会場の人が、
明かりを暗くして、
音楽のボリ
ュ
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ムを大きくする。
げええっ
と勇太君の餌付く声がする。
ど
っ
と会場が笑いに包まれる。
﹁
あ|
。
もう一回、
結婚式やりたいなあ﹂
レイコが大きな声で言う
。
﹁
贅沢言わないでよね。
まだ、
結婚してない人もいるんだから﹂
マミが答える
。
私は
、
笑いながら、
泣いた。
今となっ
ては、
もう誰も、
私と彼のことを知る者はいない
。
それが悲しかっ
たし、
悔しかっ
た。
※
﹃
新郎と新婦がそれぞれのテ|
ブルを回っ
て、
記念撮影を致します﹄
司会者が言
っ
て、
高砂席から一番近くにあっ
た、
私達のテ|
ブルにミキと勇太君が近づいてくる
。
勇太君はすでにベロベロに酔っ
払っ
ていて
、
ミキにしなだれかかるようにしていた。
﹁
大丈夫?
﹂
レイコが聞く
。
ミキは
、
肩をすくめて﹁
昨日の夜もずっ
と飲んでたのよ﹂
と答える。
笑顔は絶やさない
。
﹁
朝帰りしたっ
て本当?
﹂
マミが小さな声で言う
。
﹁
ほんと。
信じられないでしょ
﹂
昨日
、
友達と飲み歩いていて、
朝方、
酔っ
払っ
て帰っ
て来たらしい。
バ
|
ジンロ|
ドもまっ
すぐ歩けなかっ
たんだから、
とミキは早口でまくしたてた
。
﹁
みなさん、
笑っ
て、
笑顔で、
笑顔で﹂
カメラマンの青年が手をあげて叫ぶ
。
やはり、
まだ慣れていないのかもしれない
。
目をつぶっ
た人や笑顔がぎこちない人がいたりして、
何度も撮影し直した
。
﹁
笑っ
て笑っ
て!
﹂
その必死な様子がおかしくて
、
私は笑っ
た。
後で
、
ミキに、
きちんと﹁
おめでとう﹂
と言おうと思っ
た。
了