第7のサヨナラ
夜のヴ
ァ
|
ジンロ|
ドその3
﹁
ねえレイコ﹂
私は言っ
た。
﹁
泥棒ネコっ
て言われたことある?
﹂
1
ヶ
月前、
彼の奥さんが突然、
職場までやっ
てきた。
以前
、
写真を見せてもらっ
たことがあっ
たからスグに分かっ
た。
思っ
ていたよりも、
小柄で、
痩せていたのに驚いた。
逃げようとか
、
謝ろうとか、
そういうことは思いもしなかっ
た。
ただ
、
ツカツカ、
私を目指してわき目も振らず歩いてくる姿をぼんやり見守
っ
た。
﹁
この泥棒ネコ﹂
と言われた時は、
ちょ
っ
と可笑しかっ
た。
こういう時
、
何で、
泥棒ネコっ
て言うんだろう。
誰が言い出したんだろう
っ
て。
ネコは泥棒じゃ
ないし、
別に他人のモノをとっ
たりしない
。
そしたら
﹁
何笑っ
てるのよ﹂
っ
て髪の毛掴まれて、
オフィ
ス中を引っ
張り回された。
それで
、
終わりだっ
た。
上司が止めに入
っ
て、
私と彼女は別室に移動させられた。
﹁
今日のところは帰りなさい
﹂
っ
て言われて、
帰っ
たら、
後日、
派遣会社のコ
|
ディ
ネ|
タから電話が来て、
派遣も打ち切られたことを知っ
た。
※
3年間
。
それは楽しいことよりも、
何かと辛いことの多い時間だ
っ
た。
ふ
|
っ
と、
レイコがタバコの煙を吐く。
指にはめた16カラ
ッ
トの指輪を、
時と場合によっ
て、
つけたり、
外したりして
、
その成果を悪びれることもなく誇るレイコだ。
笑うかなあと思
っ
たけど、
笑わなかっ
た。
﹁
何よ、
急に﹂
少し怒っ
た口調で言っ
た。
私は少しほ
っ
とする。
これまで
、
こんな風にして不倫のことを誰かに喋っ
たことはない。
彼と私
。
二人だけの秘密だと、
そう言い聞かせて、
そのことに密かな喜びを見出してさえいた
。
﹃
一目ぼれで好きになっ
た人と、
しかも、
生まれて初めて付きた人と
、
結婚できるなんて、
ミキは本当に幸せだなあっ
て思います﹄
スピ
|
チをするマミの声に涙が混じる。
会場の人はみな聞き入
っ
ている。
﹁
ウソばっ
か言っ
て﹂
レイコが笑う
。
私も笑っ
た。
※
﹃
最初から、
好きだっ
た﹄
彼も
、
そう言っ
ていた。
﹃
最初から、
そのつもりだっ
た﹄
私も
、
同じようなことを言っ
ていた。
初めて会
っ
たのは、
彼が異動で配属してきた日のことだ。
確かに
、
声の低さとか、
﹁
ん?
﹂
っ
て聞き返す時の目の開き方とか、
細いけど肩幅が広いところとか
、
私の好みではあっ
た。
でも
、
好きになるっ
て、
それとは別物だと思う。
彼が結婚していることは分か
っ
ていた。
好みの人がいたら、
スグに指輪を確認する
。
25歳を過ぎて、
いつしか、
私にもそんな癖がついていた
。
ち
ゃ
んとブレ|
キは踏んでいた。
関係を持
っ
た時だっ
て、
上手く曲がれるっ
て信じていた。
気がついたら
、
いつの間にか、
徐々
にスピ|
ドが上がっ
て、
もう引き返せないくらい
、
遠くに来てしまっ
ていた。
最初から好きだ
っ
たなんて、
ウソだ。
ぶつかることでしか停まることができないと分か
っ
た時、
人は多分、
﹁
はじめからそのつもりだっ
た﹂
と言い訳するのだ。
※
﹃
ミキと勇太君の幸せがずっ
とずっ
と、
ず|
っ
と続くことを心から祈
っ
ています﹂
涙だか
、
鼻水だか分からないもので顔をぐしょ
ぐしょ
にさせたマミが
、
割れんばかりの拍手に見送られて、
壇上から下りてくる。
壇上では
、
スピ|
チに続いて、
嵐の﹃
O
N
E
L
O
V
E
﹄
の余興が始ま
っ
た。
踊っ
ているのは勇太君の職場の同僚達で、
中には腹の突き出たいい年のおじさんも混ざ
っ
ている。
仕事の合間に、
みんなで一生懸命憶えてきたのだろう
。
全く揃わないダンスは滑稽だが、
その分
、
ひたむきさが感じられた。
そのうち、
何人かが高砂席の勇太君に
、
一緒に踊ろうとせがんだ。
最初は抵抗していた勇太君だが、
引きずられるようにして
、
一緒に踊り始めた。
会場が手拍子をはじめる
。
踊りが後半に差し掛かっ
たところで、
飛び入りで大学時代の友人らしき人物がステ
|
ジに上がっ
た。
突然、
勇太君に抱きついて、
キスをする
。
それに触発された友人達が大勢押しかけてきて、
勇太君を取り囲みはじめ
、
胴上げを始めた。
﹁
危険ですので、
おやめ下さい
﹂
司会者が叫ぶ。
いつもなら不安気な顔をしているミキも、
今日ばかりは手を叩いて笑
っ
ている。
﹁
バカだね﹂
レイコが
、
鼻からタバコの煙をぷかあと吹かして言う。
﹁
バカだね﹂
私も、
そう答えた。
でも、
それとは別に、
自分がいかに日の当たらないところを歩んできたかを
、
思い知らされたような気がして
、
思わず目を伏せた。
※