第5のサヨナラ
おばあち
ゃ
んが末期がんになりました。
その4
こ
っ
ちに来てからというもの、
毎日、
空を見上げて過ごしている気がする
。
信じられないくらいド田舎だけど
、
まだU
F
O
は見ていない。
私はリビングに下りた
。
ママの姿はなかっ
た。
もう病院に出かけてしま
っ
たのだろうか。
私は
、
台所の食器棚から、
ホコリをかぶっ
ている小ぶりの皿を取り出すと
、
それを持
っ
て、
二階に上がり、
部屋の窓を開けた。
※
こ
っ
ちに来て間もない頃﹃
恋人たちの聖地﹄
という、
観光名所にパパが案内してくれたことがあ
っ
た。
その山頂の金網には
、
恋人たちが架けていっ
た、
﹃
ハ|
トロッ
ク﹄
と呼ばれる、
何千という錠前で覆い尽くされていた
。
ロマンチ
ッ
クだろうとパパは言っ
たけど、
私には凝り固ま
っ
た、
カラスの糞みたいに見えて、
気味が悪かっ
た。
パパは昔
、
自分がかけた錠前がどこかにあるといっ
て、
探そうとしたけど
、
私はそれよりも
、
少し離れた場所で売られていた﹃
皿﹄
に興味をもっ
た。
土でできた
、
一枚100円の安っ
ぽい皿だ。
それに願いを書いて
、
山に向かっ
て投げるとかなうらしい、
ウソ臭か
っ
たけど、
行き場のない私には、
お似合いに思えた。
※
﹁
おばあちゃ
んが元気になりますように!
﹂
﹁
みゆきに悪い虫がつきませんように!
﹂
﹁
ママの機嫌が直ります様に!
﹂
パパは
、
呆れるぐらい大きな声で叫んで、
皿を投げた。
会社に首を切られ
、
私やママにも不平不満を言われ、
いまさら家を継ぐことに対しても
、
叔父さん達に﹁
財産目当て﹂
と散々
責められたパパは
、
いつの頃からか、
髪の毛に白いものが目立つようになっ
ていた
。
パパが夕陽に向かっ
て﹁
みんなが幸せになりますように﹂
っ
て祈る姿は、
滑稽さを通りこして、
悲しかっ
た。
﹁
みゆきもやれ﹂
っ
て言われたけど、
私はダメだっ
た。
こんなのウソに決ま
っ
てるっ
て、
分かっ
ているけど、
心のどこかでは
、
本当かもしれないっ
て思っ
ていて、
上手く飛ばなかっ
たら嫌だな
っ
て思っ
て、
きっ
と一生懸命投げようとしてしまう自分が想像できて
、
その姿を誰かに見られてしまうことに、
どうしても我慢ができなか
っ
た。
※
どこからともなく
、
夕焼け小焼けが聞こえてくる。
﹁
サヨナラっ
てちゃ
んと言っ
たの?
﹂
引
っ
越すことが決まっ
た日、
ママは、
よく私に言っ
たものだ。
もしかしたら
、
もう二度と会うことはないのかもしれないのよっ
て。
あの頃は
、
ナンセンスだっ
て思っ
た。
ママの頃とは時代が違うんだから
っ
て思っ
た。
実際
、
見送りに来てくれた子の中には、
泣いている子もいて、
それは哀しいけれど
、
嬉しくて、
私もつられて泣きそうになっ
たけど、
や
っ
ぱり泣かなかっ
た。
というか、
泣けなかっ
た。
だから
、
私は﹁
またね﹂
っ
て言っ
て、
明日会うようにして、
別れた。
本当は
、
あの時、
私は泣き喚いて、
サヨナラっ
て叫ぶべきだっ
たのかもしれない
。
太陽が
、
今まさに、
沈もうとしていた。
東京の空とは
、
比べものにならないくらい、
とてもキレイな夕陽だっ
た。
もし
、
以前までの私だっ
たら、
きっ
とすぐに写メして、
誰かに送っ
ていただろう
。
そんなことも思いつかず
、
体に落ちる、
血のような陽だまりの色に染められて
、
じっ
と温かさに包まれている自分が、
悲しいと思っ
たし
、
愛おしいとも思っ
た。
※
私は
、
大きく息を吸い込むと﹁
ばかやろう!
﹂
皿を力い
っ
ぱい放り投げた。
皿は
、
スカっ
とするくらい、
高く、
遠くまで飛んで、
消えて見えなくな
っ
た。
私は
、
家を飛び出すと、
自転車に乗っ
た。
力一杯漕いだ。
途中
、
ヘルメッ
ト姿の中学生とすれ違っ
た。
中学生は珍しそうに
、
私の姿をじろじろと見た。
私はそれには構わず
、
夕焼けを漕いだ。