第4のサヨナラ
君の成長が
、
嬉しくもあり、
寂しくもあ
っ
た。
その3
※
小学校3年生
。
私が、
今の君と同い年だっ
た頃の話だ。
ある寒い冬の朝
。
私は母に手を引かれ、
専門の病院に連れて行かれた
。
そして
、
包茎手術を受けさせられた。
﹁
皮を切っ
て、
縫い合わせるんだ﹂
私が身振り手振りを交えて説明すると
、
君は首をすくめてみせた。
包茎など
、
一般的には、
珍しいものではない。
放
っ
ておけばいずれ治るものであり、
また、
治らなかっ
たとしても、
特に生きていく上で差し障りのないものであることぐらい
、
誰かに聞けば
、
すぐに分かっ
たはずだ。
だが
、
当時の母には、
それさえ、
相談できる相手がいなかっ
た。
知識を授けてくれるはずの父はすでにいなか
っ
た。
髪を振り乱し
、
女手一つで、
私を育て上げてくれた母は、
父と異なる形をした私の性器を見て
、
それをある種の病気、
もしくは奇形の一種と考えたのだ
っ
た。
※
﹁
痛かっ
た?
﹂
君は
、
顔をしかめて尋ねる。
少しイタズラが過ぎたかもしれない
。
私は首を振っ
た。
正直いえば
、
手術のことはあまり憶えていなかっ
た。
色濃く覚えているのは
、
病院の蛍光灯の電気が切れ掛か
っ
ていたこと。
リノリウムの床が一部だけ剥げ落ちていたこと
。
それだけだ。
むしろ
、
その傷痕は、
別の場所に深く残り続けた。
﹁
このことは絶対に黙っ
ているのよ﹂
母は
、
私に固く口止めをした。
私は
、
その言いつけに従っ
て、
ひた隠しにした。
中学校に入り
、
包茎が何たるかを知るようになっ
てからは、
なお秘密にした
。
今とな
っ
ては、
とんだお笑い草だが、
包茎を奇形と考えなければならないほどに追い込まれていた
、
当時の母のことを考えると
、
無性にやりきれなくなっ
た。
※
い
っ
そ、
死んだと思っ
てくれた方がいい。
正直言えば
、
不謹慎にも、
君に対して、
何度かそう思っ
たことがある
。
父のいない入学式
。
父のいない授業参観
。
父のいない卒業式
。
私の人生には
、
最初から、
父は存在しなかっ
た。
寂しくなか
っ
たといえば嘘になる。
でも、
他にも、
父のいない子供はいた
。
そんな時
、
支えになっ
たのは、
会いたくても、
会えない、
すでに父はこの世にいないという
、
動かしがたい事実だっ
た。
離婚ではなく
、
やむをえない別離だと、
私は自分を慰めることができた
。
※
いつか君は
、
私と会うのを、
拒否するようになるだろう。
それが3年先なのか
、
それとも、
来月なのかは分からないが、
いつまでもこの関係が続かないことぐらい
、
私にも分かっ
ている。
私はずるい人間だから
、
その保証のために、
﹁
嫌になっ
たら、
いつでも言っ
ていいのだから﹂
と君に
、
何度か言っ
たことがあるよね。
そのたびに
、
君はそんなことはないと答え、
パパは心配性だと笑っ
た
。
人がいないところでは
、
私をまだパパと呼んでくれているが、
君はそのうち
﹁
パパ﹂
どころか、
私をどう呼べばいいか、
悩むようになる
。
そして私と会うよりも
、
もっ
と価値のある何かを見つけるだろう。
それは友達かもしれない
。
好きな人かもしれない。
クラブ活動かもしれない
。
もしかしたら、
新しいパパかもしれない。
もっ
ともっ
と些細なこと
。
たとえば、
学校の宿題や、
塾の勉強かもしれない。
でも
、
その時がきたら、
君は易々
と、
私を忘れるだろう。
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