第3のサヨナラ
振り返るには早すぎる
。
やり直すには遅すぎる
。
その3
﹁
世の中は、
馬鹿ばっ
かりだ﹂
会うたびに
、
シュ
ウジ君は愚痴をこぼすようになっ
た。
親のすねを齧りながら遊びほうけている大学生をこきおろし
、
ネクタイを巻いて汗水たらして働くサラリ
|
マンをあざ笑い、
リクル
|
トス|
ツに身を包んだ私を滑稽だと責めた。
私は
、
シュ
ウジ君の変わり様を嘆いた。
どんな不遇があ
っ
たにせよ、
それを世の中や社会の責任に転換する、
そんな人間に朽ち果ててしま
っ
たことを悲しいと思っ
た。
でも
、
今思い返せば、
シュ
ウジ君自身は、
何も変わっ
ていなかっ
たのだと思う
。
馬鹿ば
っ
かりというのは、
シュ
ウジ君の以前からの口癖でもあっ
た。
自分の中に価値を見出したいばかりに
、
少し人を見下したようなところがあ
っ
て、
そのせいで世の中や社会と上手く折り合うことができなくて
、
いつも、
何かに追われるように、
生き急いでいた。
シ
ュ
ウジ君はもともと、
そういう人だっ
た。
変わ
っ
たのは私の方だっ
た。
いい仕事に就きたい
、
いい会社に入りたい。
ただそのために
、
大層な志望動機を捏造し、
夢をこしらえた。
御社が第一志望です
っ
て、
一体何度繰り返しただろう。
だからこそ
、
彼が変わらないことが、
私には苦痛に思えたのだ。
私は
、
携帯電話を変えることで、
シュ
ウジ君との関係性を絶っ
た。
何を言
っ
ても無駄だと思っ
たし、
もし、
そうすることが可能だっ
たとしても
、
費やす労力が惜しか
っ
た。
私はそれどころではなかっ
たのだ。
※
﹁
まだ、
写真撮っ
てるの?
﹂
私はおそるおそる言
っ
た。
﹁
撮っ
てるよ﹂
シ
ュ
ウジ君が投げやりに答える。
﹁
愚にもつかないものを撮っ
ている。
撮り続けている﹂
シ
ュ
ウジ君の体から漂う不快な匂いの中に、
あの頃、
通いつめていた彼の部屋に漂
っ
ていた現像液のすっ
ぱい匂いを思い出した。
私はそれだけで
、
少しほっ
として﹁
ゴメンね﹂
とまた言っ
た。
﹁
何が?
﹂
シ
ュ
ウジ君は、
いらだたしげにアクセルを踏み込んだ。
﹁
それどころじゃ
なかっ
たの﹂
私は言
っ
た。
﹁
それどころじゃ
ない?
﹂
﹁
自分のことで精一杯で、
それどころじゃ
なかっ
たの﹂
﹁
勝手だな﹂
﹁
そうなの。
勝手なの﹂
私は
、
﹁
タバコもらうよ﹂
と言っ
て、
ダッ
シュ
ボ|
ドの上のタバコを手に取
っ
た。
﹁
タバコ、
吸うんだ?
﹂
シ
ュ
ウジ君が、
不快そうな声で言っ
た。
﹁
吸うのよ﹂
私は火をつけた
。
シ
ュ
ウジ君は、
自分が捨てられた理由を、
自分が大学を辞めて、
経済的に不安定な立場にな
っ
たことや、
身分を失っ
てしまっ
たことに求めているようだ
っ
たが、
実際のところ、
それは間違っ
ている。
そんなの過信しすぎだと私は思
っ
た。
人の一日一日は
、
一ヶ
月、
一年は、
一生は、
自分が思
っ
ているよりも、
驚くほど早く過ぎてゆく。
どれだけ立ち止
っ
ていたくても、
どれだけ後戻りしたいと願っ
ても、
流れてゆく
。
そういえば
、
出会っ
た当初、
シュ
ウジ君も私も、
年齢を1つずつサバよんで
、
自分を19歳だと偽っ
ていた。
事実が判明した時は
、
二人で笑い合っ
たものだが、
あの頃
、
シュ
ウジ君は早く大人になりたいと願う少年で、
私はまだ10代でいたいと願う小娘で
、
今にして思えば、
結局のところ
、
どちらも子供だっ
たということなのかもしれない。
今はどうだろう
。
考えたが、
分からなかっ
た。
何かが変わ
っ
てしまっ
たような気がしたが、
振り返るには早すぎたし
、
やり直すには遅すぎた。
母も
、
ベガも、
苦しかっ
ただろうなと思っ
た。
でも
、
私だっ
て、
本当は辛かっ
たし、
苦しかっ
た。
忘れたのは
、
忘れなければならないからであっ
て、
忘れたかっ
たからではない
。
きちんと別れを告げるべきなのだ
、
と私は思っ
た。
初めて吸うタバコの煙はとても苦くて
、
思わずむせ返る。
窓を開けると
、
風には磯の匂いが混じっ
たていた。
海についたら
、
ちゃ
んとシュ
ウジ君に、
サヨナラを言おうと思っ
た。
了
Copyright©2010 be Nice Inc. All rights reserved.