第3のサヨナラ
振り返るには早すぎる
。
やり直すには遅すぎる
。
その2
俺たち
、
なんでダメになっ
たんだろう﹂
ふと
、
シュ
ウジ君が言っ
た。
それまでの陽気なのとは打
っ
て変わり、
別人のように静かな口調だっ
た。
何故かは分からないけど
、
私はその横顔に小学校の頃、
猫を飼っ
ていたことを重ね合わせた
。
ベガという名前の捨て猫だ
。
トラ猫だ
っ
たが、
額の部分だけ、
白い毛が生えており、
その形が、
見ようによ
っ
ては☆に見えたことから、
兄が名づけた。
生まれてすぐに捨てられて
、
食べるものも食べられず、
餓死寸前の環境がそうさせたのか
、
食べることに関しては、
とにかく意地汚い猫だ
っ
た。
始終
、
餌をねだっ
たし、
餌を食べている時に近づくと、
毛を逆立たせて怒り狂
っ
た。
拾
っ
てきた当初は、
骨と皮ばかりのやせ細っ
た体は、
一年もすると丸
々
太っ
た、
狸のような立派な体躯に成長した。
動作はのろく
、
反応も鈍く、
一日のうち、
食べているか、
寝ているか
、
そのどちらかしかなかっ
た。
そのうち
、
寝ながら食べ始めるだろうと、
兄はからかっ
た。
デブでドジで
、
およそどうしようもない猫だっ
たが、
私は兄があきれるくらいに可愛が
っ
た。
一緒にお風呂に入り、
一緒に寝床に入っ
た。
大好きだ
っ
た。
※
ベガが
、
尿路結石という病気にかかっ
て亡くなっ
たのは、
中学校3年生の時だ
。
尿路結石というのは
、
おしっ
こが固形化して、
尿道につまるようになる病気だ
。
トイレの回りを所在なくうろうろするようになり
、
ご飯もあまり食べなくな
っ
たベガを病院へ連れて行くと、
このままでは膀胱に詰まっ
た尿が、
体中へ漏れ出し、
死ぬだろうと言われた。
おし
っ
こを溶かす薬を入れるために、
尿道からカテ|
テルを注入しようとすると
、
ベガはあらん限りの力を振り絞
っ
て、
抵抗した。
一命はとりとめたものの
、
完治までは望めなかっ
た。
マグネシウムの少ない
、
味気のない餌に切り替えられたベガは、
モノを食べなくなり
、
ほとんどを寝てすごすようになっ
た。
私と母は
、
そんなベガが立ち上がると後を追いかけて、
おし
っ
こをしたかどうかを確認し、
していなければ、
またクリニ
ッ
クへ連れて行っ
てカテ|
テルを刺す、
というのを繰り返すようにな
っ
た。
※
私がベガの話をしている間
、
シュ
ウジ君は終始、
黙っ
たままだっ
た。
タバコを何本も吸
っ
た。
車内は煙で充満した。
何でそんな話をするんだ
。
きっ
と、
そう言いたかっ
たんだと思う。
私にもよく分からない
。
ベガのことなんて、
今の今まですっ
かり忘れていた
。
ある日
、
学校から帰ると、
家の中からベガの姿がなくなっ
ていた。
私がいない間に
、
母がクリニッ
クにベガを連れて行っ
て、
安楽死させたのだ
っ
た。
私は
、
母を責めた。
お母さんが殺したのだと責めた。
母は何も言わなか
っ
た。
今思えば
、
それは辛くて、
とても苦しい判断だっ
たと思う。
私は中学校3年で
、
勉強や部活に忙しく、
実際に、
ベガの面倒を見ていたのは母だ
っ
た。
遺体は引き取らなか
っ
た。
私と母は、
近くの土手に行っ
て、
遺体のない墓を作
っ
て、
手を合わせた。
そして、
私はベガという猫がいたことを
、
忘れてしまっ
た。
※
﹁
ゴメンね﹂
と私は言っ
た。
﹁
何が?
﹂
シュ
ウジ君は声もなく笑うと﹁
簡単に謝るなよ﹂
と言っ
た
。
半年前
、
シュ
ウジ君との連絡を絶っ
たのは私の方だっ
た。
夏を過ぎ
、
秋を迎えると、
残された大学の単位取得と、
来るべき就職活動に備えて
、
O
G
を訪問したり、
就職セミナ|
を受講したり、
免許を取りに行っ
たりで忙しくな
っ
た。
それまでのように
、
シュ
ウジ君と気ままに遊び回っ
てもいられなくな
っ
た。
﹁
ゴメン忙しいから﹂
とシュ
ウジ君からの誘いを断っ
たのには、
本当に
、
他意はない。
ただ
、
そうするには時期が悪かっ
た。
当時
、
シュ
ウジ君は、
大学を辞めて間もなかっ
た。
信州にある実家の旅館が上手くい
っ
ていないとかで、
親の仕送りが途絶え
、
自分で稼がなければならなくな
っ
たらしい。
詳しいいことは分からない
。
もともと多くの過去を語る人ではなか
っ
た。
大学を辞めたシ
ュ
ウジ君は、
先輩のツテでどこかの事務所にもぐりこんだ
。
でも
、
下っ
端扱いのアシスタントに我慢ならずに、
すぐに辞めてしま
っ
た。
※
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