第3のサヨナラ
振り返るには早すぎる
。
やり直すには遅すぎる
。
その1
この人のどこが好きだ
っ
たんだろうと、
かつて好きだ
っ
たはずの人を見て、
頭を悩ませるのは不幸なことだ。
時の流れは残酷だよね
っ
て、
まさか、
この年で実感するとは思わなか
っ
た。
※
﹁
こうしてると、
なんか、
あの頃に戻っ
たみたいだね﹂
ラジオから流れてくる曲が懐かしいと
、
シュ
ウジ君は目を細めて笑っ
た。
﹃
あの頃﹄
といっ
ても、
遠い昔のことではない。
たっ
た2年前のことだ
。
当時
、
私は20歳になっ
たばかりで、
シュ
ウジ君はたっ
た18歳だっ
た。
私達は
、
大学の文化祭で知り合っ
た。
私は
、
タコ焼き屋の店番に立っ
ていた。
サ|
クルの先輩たちから命じられた
、
その日のノルマをこなすために、
汗水ダラダラ流しながら
、
タコ焼きを焼いていた。
﹁
そんなのやめて、
海、
見に行こうよ﹂
声をかけてきたのは
、
シュ
ウジ君の方だっ
た。
シ
ュ
ウジ君は、
私に課せられたノルマの分だけ、
自分が買っ
て食べてあげるから
、
だからその代わりに、
海を見に行こうと言っ
た。
﹁
人生は短いんだよ。
タコ焼き焼いてる暇なんてないんだよ﹂
それはかなり強引な誘い方だ
っ
たが、
タコ焼きをむしゃ
むしゃ
と食べるその顔は
、
どこか憎み切れない笑顔だ
っ
た。
結局
、
私は、
何もかもを放り出して、
彼の誘いに乗っ
た。
夏だっ
た。
※
当時
、
シュ
ウジ君には、
夢があっ
た。
﹁
カメラマンになりたい﹂
という青臭いけれど、
でも、
思い描く将来があ
っ
た。
何度か
、
自分が撮っ
たものを照れくさそうに見せてくれたことがある
。
その良し悪しは
、
私には判断できなかっ
たけれど、
当時
、
大学3年生で就職活動を控えた私には、
とても眩しく映っ
た、
私には
、
特にやりたいことなどなかっ
た。
来るべき就職活動が
、
やりたいことに向けられた活動ではなく、
やりたいことを見つけ出さなければいけない
、
そのための活動であり、
おそらくというか
、
きっ
と、
自分の将来が、
そう大したものではないことぐらい
、
うすうす感づいていた。
それだけに
、
そうやっ
て何事かに、
たとえ無価値であっ
たとしても、
自分の限られた人生を賭けることができるだけでも
、
スゴイことだと思
っ
た。
シ
ュ
ウジ君は、
私を撮りたいと言い、
私は喜んで被写体になっ
た。
コンク
|
ルに応募するために、
一週間、
伊豆の海へ、
撮影旅行に出かけたこともある
。
私はそこで心も体も裸になっ
た。
そう遠い昔ではないが
、
私はこの人のことが、
確かに好きだっ
た。
※
﹁
とれえんだよ﹂
前方の赤い車が遅いことに苛立
っ
たシュ
ウジ君が、
舌打ちをして、
アクセルを踏み込む
。
胸にのしかかられるような重圧があ
っ
て、
車は一気に加速して、
赤い車を抜き去
っ
た。
平日の昼下がりとあ
っ
て、
高速道路はガラガラだっ
た。
車は
、
右車線にベタリと貼りついたまま、
どんどこ走っ
た。
空は雲ひとつなく
、
ため息が出るほど、
青く澄み渡っ
ていた。
﹁
あの頃は楽しかっ
たよな﹂
シ
ュ
ウジ君は、
あの頃の、
私の髪型が好きだっ
たと言っ
た。
それから
、
終電を逃して二人で歩いて帰っ
た夜のこととか、
自転車で二人乗りして警察に捕まりそうにな
っ
て逃げた日のこととか
、
バイト代を貯めて初めてプレゼントした指輪が上手く指にはまらな
か
っ
たこととか、
水族館のオ
ッ
トセイの名前がシュ
ウジという名前でびっ
くりしたこととか
、
よくそんな憶えているね
っ
て、
悲しいくらい小さな思い出を総動員して
、
時速120k
m
で話し続けた。
※
今日
、
お昼を食べ終わっ
て、
大学を出たところで、
シ
ュ
ウジ君と、
バッ
タリ出くわした時は驚いた。
風の噂では
、
信州の田舎に帰っ
て、
実家を継いだということだっ
た。
あの頃よりも
、
少しふっ
くらしたシュ
ウジ君は、
あの頃と同じように
、
ドライブに行こうと言っ
た。
私はバイトがあるからと断ろうとしたけど
、
いいじ
ゃ
んいいじゃ
んっ
て、
引き下がらなかっ
た。
シ
ュ
ウジ君は、
今は出版社でバイトをしており、
作家さんの書いた原稿を出版社に持
っ
ていく、
お使いみたいな仕事をしているのだが、
今日に限
っ
ては、
作家さんが締め切り前に原稿をあげてくれたので、
一日
、
自分の好きに過ごすことができる。
だから、
一緒に海を見に行こう
。
そう言っ
た。
私は
、
大学の単位を取り終え、
念願だっ
た内定も手に入れた後だっ
た
。
シ
ュ
ウジ君の自己中心的でワガママなところは、
全然変わっ
てないっ
て、
訳分からないところでホ
っ
として、
私は、
助手席に乗り込んだ。
す
っ
かり嫌われたと思っ
ていたけど、
そんなことがなくて、
むしろ、
今でも好きだと言われたような気がして
、
舞い上がっ
ていたのかもしれない
。
アホな女だ
。
ち
ょ
っ
とドライブするだけだっ
たはずなのに、
シュ
ウジ君は、
インタ
|
チェ
ンジから首都高に乗り、
首都高から東名道へ。
車をひた走らせた
。
どこへ行くのと聞くと
、
海を見に行くと言っ
た。
バ
ッ
タリ出くわしたことを、
シュ
ウジ君は偶然だと話したけれど、
よくよく考えてみれば
、
偶然なんかじゃ
なかっ
たんだと思う。
シ
ュ
ウジ君の髪はごわごわしていて、
もう何日もお風呂に入っ
ていない様子だ
っ
た。
衣服からもすっ
ぱい匂いが漂っ
ていた。
出版社でのバイトの話も多分
、
ウソだ。
偶然を装
っ
て、
一体、
どれだけの時間を、
この車の中にとどまっ
て過ごしたのだろう
。
宛てのない
、
その暗い努力を考えるとぞっ
として、
私は息を殺す。
※
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