第2のサヨナラ
独身最後
。
結婚前夜その3
村田は
、
俺の知り合いの中で、
唯一、
離婚を経験している男だ。
大学を卒業した後
、
職場で知り合っ
た女と付き合いだし、
あれよあれよという結婚した
。
できち
ゃ
っ
た結婚だっ
た。
村田とその女は、
その事実を隠して式を挙げた
。
盛大な式だ
っ
た。
だが、
ウェ
ディ
ングドレスが妊婦仕様だっ
たのを知るのは数少ない
。
離婚したのは
、
それからわずか3年後のことだ。
噂では
、
職場の後輩と不倫をして、
双方の両親を交えた、
大立ち回りを演じたということだ
っ
た。
俺は
、
村田が離婚した後、
一度、
その不倫相手とやらに会っ
たことがある
。
会わせたい奴がいるとい
っ
て、
村田が連れてきたのだ。
率直な話
、
顔立ちも、
話し振りも、
スタイルも、
別れた奥さんによく似ていた
。
名前と年齢が違うばかりで
、
むしろ違うところを探す方が難しいくらいだ
っ
た。
※
村田と飲みに行くというと
、
ミキはあからさまに嫌そうな顔をした。
良からぬ話を吹き込まれると思
っ
たのだろう。
別に
、
どっ
ちがキャ
バクラに行こうと言っ
たわけでもなかっ
た。
どこでもいいから
、
場末の飲み屋で、
思い出話に花を咲かせるはずだ
っ
た。
要するに
、
俺たちもずいぶん年をとっ
たよね、
なんて結末が用意された
、
くだらない、
くだらない思い出話。
どこにしようか決めかねていた時
、
ちょ
っ
と、
飲んでいきませんか、
と黒服の男に誘われた
。
いや
、
こいつは明日結婚式だから、
と村田が面白がっ
て答えた。
俺が
﹁
キャ
バクラに行っ
たことがない﹂
と言うと、
黒服の男もそれに乗
っ
かっ
て、
特別にサ|
ビスするから寄っ
ていっ
てくれと懇願した
。
特に罪悪感を覚えることもなく
、
ただ、
帰りが遅くなっ
て心配させてはいけないと思
っ
て、
俺はミキにメ|
ルを打っ
た。
﹃
キャ
バクラにいくことになりました﹄
最初はそうや
っ
て打っ
たような気がする。
それではまずいと重い、
﹃
キャ
バクラにいきます﹄
﹃
キャ
バクラにいくことにしました﹄
消して
、
打っ
て、
消して、
結局﹃
帰り遅くなります﹄
とだけ打っ
た。
返事はない
。
※
﹁
ねえ、
結婚、
嫌ならやめれば﹂
店を出る段にな
っ
て、
見送りにきたマキという女が言っ
た。
﹁
嫌で結婚するなんて、
相手の人も可哀想だよ﹂
わざわざ店の外まで見送りに来るのも
、
キャ
バクラの仕組みの一つなのだろうか
。
マキという女が
、
上着もはおらず、
胸のはだけた自らの体を腕で抱きかかえ
、
寒さに打ち震える姿を見ていたら、
それまでの間、
感じることのなか
っ
たような居心地の悪さを覚えた。
女たちが自分を罵っ
たり、
もっ
とお金をよこせと言っ
っ
たりしてこないことが、
ひどく歯がゆく感じられた
。
お
|
い。
村田が向こうの曲がり角にタクシ|
を見つけたといっ
て走っ
ていく。
酔っ
払っ
ていて足元がおぼつかない。
時刻はすでに4時を回ろうとしていた
。
もう少しすれば
、
太陽がのぼりはじめる。
夜明けを外で迎えるのは
、
ずいぶん久しぶりのことだ。
かつて
、
同じような気持ちで、
同じような風景を見たことがあっ
たと思
っ
たが、
それがいつのことなのか、
思い出せなかっ
た。
知らぬ間に
、
ずいぶん遠いところまできてしまっ
た気がした。
でも、
もう戻れないと思うと同時に
、
戻らなくていいのだとも思えた。
﹁
嫌じゃ
ないよ﹂
俺は言
っ
た。
﹁
何が﹂
﹁
結婚﹂
﹁
あっ
そう﹂
マキという女は興味なさそうに
、
でも意地悪そうに言っ
た。
﹁
怒っ
てるんじゃ
ないの?
彼女﹂
﹁
そうかもね﹂
まだ寝ないで待
っ
ているかもしれない。
一晩中飲み明かしたことを知
っ
たら、
眉を潜め、
深い溜息をつくだろう。
それでも、
もう何時間もしたら
、
俺達は、
純白のドレスとス|
ツを身にまとい、
深紅のバ
|
ジンロ|
ドを歩いてゆく。
そう考えれば、
歯がゆさも、
愛しさだと思えた
。
※
﹁
マキっ
て名前、
本当の名前なの?
﹂
タクシ
|
が横付けして、
ドアが開く。
最後に、
俺は聞いてみた。
﹁
ううん。
本当はもっ
と退屈な名前﹂
﹁
何?
﹂
マキという女は
、
少し考えるそぶりをしてから﹁
裕子﹂
と小さな声で言
っ
た。
﹁
それは退屈な名前だな﹂
マキという名を名乗る裕子は笑
っ
た。
持田知子には
、
似ても似つかない顔だっ
た。
ドアが閉められ
、
タクシ|
が走り出す。
女が何かを言
っ
た。
﹁
オメデト﹂
だろうか。
いや、
多分﹁
サヨナラ﹂
だと俺は思っ
た。
了
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