第2のサヨナラ
独身最後
。
結婚前夜その1
﹁
結婚することになりましたっ
て、
おかしいだろ﹂
俺は言
っ
た。
﹁
何が﹂
水割りを作りながらマキという女が言
っ
た。
髪の毛を耳にかける仕草が
、
誰かに似ていると、
俺は思う。
﹁
そんなに見ないでよ﹂
女が面倒臭そうに言う
。
どこか面白がっ
ている様子だっ
た。
﹁
だっ
て、
お互い、
自分の意思で結婚するんだろ。
だっ
たら﹃
結婚します
﹄
もしくは﹃
結婚することにしました﹄
でいいじゃ
ないか﹂
※
﹁
どっ
ちだっ
ていいじゃ
ない﹂
ミキは相手にしてくれなか
っ
た。
結婚式の招待状を印字している時のことだ
っ
た。
結婚式場に頼むと
、
一通10円のプリント代がかかると言われた。
少しでも経費を削減するために
、
俺とミキは、
家のプリンタ|
で刷ることにした
。
招待状は全部で100通する予定だ
っ
たから、
それだけでも千円浮く
。
ミキは嬉しそうに言うのだ
っ
た。
※
﹁
確かに言われてみれば、
おかしいわよね﹂
マキという女が
、
グラスを手渡しながら言っ
た。
何がおかしいものか
。
俺はグラスをあおっ
た。
﹁
こいつ明日、
結婚式なんだぜ﹂
村田が言
っ
て、
女たちは醜悪に笑っ
たが、
マキという女は笑わなかっ
た。
その名が明日
、
生涯変わらぬ愛を誓う女と、
一字違いの名前であることが
、
ひどく滑稽に思えた。
これからはじまる結婚生活であろうが
、
いかなるものかを暗喩しているようにも思えた。
﹁
こんなところで油売っ
ていていいの。
奥さん心配するんじゃ
ないの
﹂
二の腕をボンレスハムのように肥えさせた女が
、
甘っ
たるい声で言っ
た。
油を売る
。
錦糸町のキャ
バクラ女が、
いかにも言いそうな台詞だと思
っ
た。
﹁
お前はしゃ
べるな、
馬鹿﹂
﹁
ひど|
い﹂
﹁
じゃ
あ、
今日は、
独身最後の日なんだね﹂
マキという女が言
っ
た。
※
﹁
乾杯しようよ﹂
村田が黒服の男を呼び
、
上ずっ
た声で新しいボトルを入れるように言うと
、
女たちは歓声を上げた。
私も頼んでいい?
俺は好きにすればいいと答えた
。
マキという女は嬉しい!
と手を叩いた。
俺はキ
ャ
バクラに来るのは初めてのことなので、
よく分からないが、
そういう仕組みなのだ
。
男が
、
席に座っ
て、
女と酒を飲む。
滞在した時間が長ければ長いほど
、
料金は高くなり、
店の売り上げにつながる
。
そして
、
おそらく女たちは、
その利益の中の何パ|
セントかの金をせしめる
。
だから、
女たちは俺たちをいい気分にさせて、
できるだけ酒を多く飲ませようとする
。
布切れにも等しい面積しかないような衣服を着て
、
どぎつい香水をふりまき
、
甘っ
たるい声を出し、
結婚式を明日に控えてなお、
居場所の定まらないような男と乾杯するのだ
。
※
俺は財布を取り出すと
、
女たちに放っ
た。
﹁
ほしいならもっ
ていけよ、
馬鹿野郎﹂
村田が慌てた様子で
﹁
こいつ、
こういうところ来るの、
はじめてだから
﹂
と言っ
て、
何年か前の誕生日に、
ミキがプレゼントしてくれた財布を手に取
っ
て、
俺の胸元に押し込もうとする。
俺はそれを突っ
返そうとする。
滑稽だ。
﹁
そういうことしない方がいいよ﹂
マキという女が
、
ため息混じりに言っ
た。
﹁
大体、
嫌ならやめればいいじゃ
ない。
結婚﹂
女は持田知子によく似ている
。
俺はそう思っ
た。
持田知子というのは
、
中学生の時、
俺が好きだっ
た女の子だ。
八重歯の可愛い
、
ショ
|
トカッ
トがよく似合う、
ボ|
イッ
シュ
な女の子だ
っ
た。
ある時
、
内村というニキビ面の男子が﹁
すげえもんを手に入れた﹂
と踊り場に駆け込んできた
。
踊り場には、
壊れた机だの、
椅子だのが積み上げられていた
。
埃に塗れ、
陰気臭い場所だっ
た。
屋上に続く唯一の出口には鍵がかけられており
、
出ることもかなわなかっ
た。
そんな場所が
、
あの頃の俺たちの居場所だっ
た。
内村が職員室に忍び込んで手に入れたというものは
、
クラスメイトの健康診断の結果だ
っ
た。
女子の発育状況がすべて表記されていた。
持田知子は
A
カッ
プだっ
た。
※
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