第
1
0
のサヨナラハルウララ
、
サイレンスズカその7
※
﹁
あの子と別れて﹂
ツヨシが警察に捕ま
っ
たことを話すと、
レイコは﹁
いつかそうなると思
っ
てた﹂
と思いつめたような顔をして言っ
た。
そして、
これから警察に引き取りに行
っ
てくるという俺に、
自分をとるか、
ツヨシをとるかを迫
っ
た。
おかしな話だ
っ
た。
あなたはあなたの好きに
。
私は私の好きに﹂
レイコとの結婚は
、
誓約ではなく、
契約だっ
た。
俺達が求めたのは
、
結婚指輪に示される社会的な役割、
いや免罪符であ
っ
て、
愛ではなかっ
た。
なかっ
たはずだっ
た。
﹁
あの子と別れて﹂
レイコがそう言い出した時
、
すでに何かがおかしくなっ
ていたのかもしれない
。
早くに気づくべきだっ
た。
﹁
あの子は、
ダメ。
危険すぎる﹂
その忠告も
、
企業の経営者が犯す、
スキャ
ンダルというリスクと捉えていたが
、
俺は見誤っ
ていた。
レイコが言っ
たのはそれとは違うことだ
っ
た。
俺がツヨシにのめりこんでいくことを、
レイコはあの時点で
、
予言していたのだ。
※
タ
|
フを思い思いに駆け回っ
ていた馬が、
一箇所に集まり始めた。
スタ
|
トの号砲はそう遠くない。
﹁
レイコさんは、
裕也さんが好きなんだよ。
愛してるんだよ﹂
﹁
レイコと俺の間に、
そんなもんはない﹂
﹁
じゃ
あ、
何のために一緒に生きてるの?
﹂
﹁
便宜上の問題だ﹂
﹁
裕也さんは、
愛するっ
てことを甘くみてるよ﹂
ツヨシは
﹁
愛﹂
という言葉をよく使う。
速く走れるからとい
っ
て、
それが必ずしも幸福とは限らないことを知
っ
ているくせに、
重力に逆らっ
て、
高層マンショ
ンの最上階に住んだとしても
、
人は神にはなれないことも知っ
ているくせに、
どうして安
っ
ぽい﹁
愛﹂
を語るのか、
最初は不思議だっ
た。
だが
、
それは愛というものをツヨシが、
一度も手に入れたことがないからだと気づいてから
、
それは意外なことでも何でもなくなっ
た。
ツヨシはこれまで
、
誰かに愛されたことも、
誰かを愛したこともないのだ
。
だから、
愛するということがどういうことかも知らない。
裸足で駆け回る子供が
、
遥か彼方の高層タワ|
のネオンに憧れるように
、
ツヨシは愛をただただ尊敬している。
﹁
全部、
捨てちゃ
えばいい。
僕も、
会社も﹂
ツヨシは
、
もしかしたら、
レイコのことが好きなのかもしれない
。
ふと思っ
た。
何度か引き会わせたことがあ
っ
た。
家に呼んだこともあれば、
一緒にキ
ャ
ンプに行っ
てバ|
ベキュ
|
をしたこともある。
そういえば
、
いつもは軽口を叩くくせに、
レイコの前ではやけにおとなしか
っ
た。
自分の知らないところで
、
ツヨシとレイコが、
安っ
ぽい愛を語り合っ
ているところを想像してみた。
高級マンショ
ンではない。
寂れた家屋だ
。
畳が磨り減っ
ている。
そう、
俺が学生時代に住んでいた、
大森のアパ
|
トのように。
不思議と
、
疎外感を覚えることはなかっ
た。
むしろ
、
二人にとっ
ても、
自分といるよりも幸せなのではないかと、
本気で思
っ
た。