第
1
0
のサヨナラハルウララ
、
サイレンスズカその4
俺がツヨシと初めて会
っ
たのは、
4年ほど前にさかのぼる
。
渋谷で開かれていたパ
|
ティ
|
会場の外で出会っ
た。
パ
|
ティ
|
は、
ネッ
ト第三世代とか、
当時、
世間でもてはやされていた
I
T
ベンチャ
|
系の企業家が主催したものだっ
た。
俺はもとからそうい
っ
た華やかな場が好きな方ではない。
三笠に任せきりにしてきたが
、
その日だけはどうしてもと懇願されて参加したものの
、
気づいたら会場の隅でぽつんと取り残されていて、
時間の無駄だと外に出たところ
、
道端で血らだけで転がっ
ている若い男に気づいた
。
それがツヨシだ
っ
た。
ツヨシは当時、
ゲイバ|
で働いていた。
上客をめぐ
っ
て、
同僚とトラブルになっ
たらしい。
﹁
大丈夫か﹂
と心配する俺に﹁
殺しても死なないから﹂
とうそぶいた。
当時は
、
景況感こそよかっ
たが、
相次ぐ競合の乱立に、
業績は目に見えて悪化していた
。
真綿で締められるような日々
を送っ
ていた頃だ
っ
た。
に
っ
ちもさっ
ちもいかず、
どいつもこいつも本心を語っ
ているように見えない
。
猜疑心の塊と化し、
北朝鮮からミサイルでも飛んできてくれないかと
、
半ば本気で夢想していた俺にとっ
て、
自らを﹁
男娼だ
﹂
と自己紹介するツヨシとの出会いは、
ミサイルのような衝撃だ
っ
た。
※
ツヨシには
、
所有する、
という意思が決定的に欠けている。
実際、
俺と付き合い出してからも
、
何かをねだるようなことは一切なかっ
た
。
家もなければ
、
車もない。
服もない。
時計もない。
財産もない。
少なくとも俺が知
っ
ている限り、
友達もいない。
恋人もいない。
自分の体のことさえ
、
自分の物だと思っ
ていない節がある。
何故なのかは
、
分からない。
そもそも体を売る
、
ということは、
体を傷つけるということに同じだ
。
大切な自分の持ち物だと思っ
ていたら、
到底できることではない
。
体を売
っ
ているうちにそうなっ
たのか。
それとも、
所有権を放棄しているから体を売るようにな
っ
たのか。
ツヨシは中学を卒業してすぐに家を捨てて東京に出てきた
。
俺が知っ
ているのは、
そこまでだ。
出会うまでの5年間
、
どこでどうやっ
て生きてきたのか、
俺は知らない
。
現在の住処も、
名字も、
何も知らない。
知っ
ているのは携帯の番号だけで
、
それさえも、
俺が無理を言っ
て持たせたものだっ
た。
※
雄也さん
、
サイレンススズカっ
て知っ
てる?
﹂
ツヨシが言
っ
た。
俺は首を振
っ
た。
ツヨシほど競馬に詳しくない。
﹁
逃げて、
差す馬﹂
﹁
何だそりゃ
﹂
﹁
知らない?
ゃ
くちゃ
強かっ
たんだ﹂
ツヨシは
、
もう10年以上も前の話になるが、
当時の競馬界を席巻した
、
一頭の美しい栗毛のサラブレッ
ドがいたと説明した。
ツヨシがはじめてサイレンススズカを目撃したのは
、
小学生の時だ。
当時
、
家に転がり込んでいた母親の彼氏が、
大の競馬好きで、
日曜日の3時になると
、
いつもT
V
で競馬中継を見ていたらしい。
﹁
本当は会いたくなかっ
たんだけど、
ちょ
うど、
おやつの時間でしょ
?
、
リビングに行かないといけなくて、
でも話したくないから
、
T
V
をじっ
と見ている振りをするんだ。
そしたら、
お前競馬が好きなのか
っ
て、
聞いてもいないのに、
あれこれ喋るんだよね﹂
年明けのまだ肌寒い季節だ
っ
た。
競馬場の直線を覆
っ
た芝生も、
今のような青々
とした緑色ではなく、
剥げて荒れ散
っ
た岩肌のようだっ
たという。
サイレンススズカは
、
スタ|
トしてからただの一度も他馬に影を踏ませることなく
、
圧倒的な大差をつけてゴ|
ルした。
﹁
普通、
逃げ馬っ
て、
後半ばてるよね。
でも、
スズカは違うんだ。
さらに伸びるんだ
。
差すっ
て言うんだけど、
ぐいぐい、
ぐいぐい、
スピ
|
ドを上げるんだ﹂
その後も
、
サイレンススズカは、
勝っ
て勝っ
て、
勝ち続けた。
すべてのレ
|
スを一番人気として、
多くの人々
の期待を背負い、
それでもプレ
ッ
シャ
|
に押しつぶされることなく、
期待に応えて、
一番にゴ
|
ル板を駆け抜けた。
﹁
いつも、
ぶっ
ちぎりだっ
た。
そんなに一生懸命走らなくたっ
てさ、
1位は決まりなんだから
、
もっ
と手を抜けばいいのに。
最初から、
最後まで
、
全速力なんだ﹂
﹁
強かっ
たんだな﹂
﹁
うん。
強かっ
たよ。
壊れそうなくらい﹂