第
1
0
のサヨナラハルウララ
、
サイレンスズカその3
※
何が変わ
っ
たものか。
﹁
変わっ
たのは、
てめえの方だっ
てな﹂
タバコを投げ捨てる。
ツヨシが言葉もなく
、
深々
とため息をつく。
俺の捨てたタバコをそっ
ともみ消した。
﹁
でも、
そこから巻き返したんだ。
すごいじゃ
ん﹂
﹁
負けず嫌いなんだ﹂
当初は
﹁
もう終わりだろう﹂
競合だけでなく、
取引先からも愛想をつかされた
。
もともと、
技術レベルの高さや提案力を評価されていた会社だ
っ
た。
強みと言うべき多くの技術者をきりすてたのは致命的だ
っ
た。
おそらく
、
そうなることを見越していたのだろう。
三笠は
、
辞めるにあたり、
退職金も受け取らなかっ
た。
俺と折半して所有していた株は
、
名目上、
新たに取締役に就任したレイコが買い取
っ
た。
事実上、
俺の保有と言っ
ていい。
そのまま持ち逃げするのではないかと危惧していた分
、
その潔さには拍子抜けするほどだ
っ
た。
立つ鳥後を濁さず
。
最後まで会社のことを思う
、
その清廉さが、
かえっ
て鼻についた。
水天宮のオフ
ィ
スに移ると、
俺は猛攻を仕掛けた。
三笠を否定するためにも
、
会社をこれまでよりも、
大きくさせなければならなか
っ
た。
医療
、
介護の求人ポ|
タルサイトを買収し、
投資用不動産のための仲介サイトを新たに立ち上げ
、
大手のゼネコンと組んで、
有料老人ホ
|
ムのための土地の買収にも手を出した。
三笠が指摘したように
、
資産価値を図る指標が、
技術者や技術力なんて
、
不明確な状態とはおさらばしたかっ
たのだ。
結果は
、
徐々
にではあるが、
着実に現れ始めた。
今では
、
月間ベ|
スで、
往時を上回る売り上げを叩き出すまで持ち直した
。
※
﹁
その割りに、
あんまり嬉しそうじゃ
ないけど﹂
﹁
経営者っ
てのは、
孤独なんだよ﹂
そんなもんすか
。
ツヨシが皮肉っ
たように笑う。
確かに
、
会社は息を吹き返した。
だが
、
それは同じ会社としてではない。
違う会社としてだ。
談合もや
っ
た。
金饅頭も包んだ。
買収に応じない奴らの家の前には、
カラスの死骸を投げ込んだ
。
別に俺が命令したわけではない。
ただ、
死んでも目標は達成しろと言
っ
ただけだ。
あれから
、
1年。
時折
、
自分の醜さに愕然とすることがある。
もともとは
、
三笠と二人、
世の中にはない、
新しい物を生み出したい
、
その一心でスタ|
トした会社だっ
た。
その思いのもとに、
多くの技術者が集
っ
て、
それで大きくなっ
てきた会社だっ
た。
それがどうだ
。
今では、
一日に何件電話をかけて、
何件アポをとっ
てきたかが問われる営業会社に成り下が
っ
てしまっ
た。
﹁
臭いのは、
てめえの鼻の穴が臭いからだ﹂
﹁
え?
っ
て?
﹂
﹁
何でもない﹂
会社を立ち上げて間もない頃
。
大手企業や、
権威主義の会社をからかう時
、
三笠とよく言っ
ていた冗談だ。
今はもう、
そんな冗談はどこからも聞こえてこない
。
もう
、
誰も俺に意見する者はいない。
タバコに火をつける
。
俺は自由だ
。
俺は勝っ
た。
本当か
?
臭すぎて
、
誰も何も言わないだけじゃ
ないのか。
※
﹁
ねえ、
聞いてもいい?
﹂
ツヨシが言う
。
﹁
何で、
右肩上がりじゃ
ないといけないの?
﹂
﹁
何?
﹂
﹁
ニュ
|
スとかでも、
よく言うじゃ
ん。
前年比何パ|
セント成長です
、
今年も増収増益とかっ
て。
でも、
ちょ
っ
とでもへこむと、
大変だ大変だ
っ
て﹂
﹁
当たり前だろ。
会社っ
てのはそういうもんだ﹂
﹁
誰だっ
てへこむ時ぐらいあるじゃ
ん﹂
﹁
人間と会社は違う﹂
﹁
僕、
思うんだよね。
とんとんでいいじゃ
んっ
て。
確かに赤字はやばいかもしれないけど
、
食べていける程度もらえるなら、
よしとすればいいじ
ゃ
ん。
なんかさ、
昨日より今日、
今日より明日、
永遠の右肩上がりなんて
、
気持ち悪いよ。
今日と同じ明日、
それが幸せだっ
て別にいいじゃ
ん﹂
タバコの煙の行く先を見つめる
。
俺は
、
自らに言い聞かせるように答えた。
﹁
買い物をする時、
同じ品質のものであれば、
客は1円でも安い商品にむらがる
。
1秒でも早いサ|
ビスを望む。
優劣をつけ、
順序をつけ
、
選択する﹂
﹁
だから?
﹂
﹁
会社が利益を上げるっ
てことは、
それだけ客に選択されるっ
てことだ
。
会社が選んでるんじゃ
ない。
選んでるのは、
客なんだよ﹂
﹁
すべては僕らみたいな、
一般人のせいだっ
て言いたいわけだ﹂
ふん
。
ツヨシは鼻を鳴らす。
﹁
なんか納得いかないな﹂
﹁
しょ
うがない。
もっ
と、
もっ
ともっ
とっ
て、
人類はそうやっ
て進化してきたんだよ
﹂
﹁
僕は違う﹂
っ
と笑うと、
大きく手を広げる。
﹁
とりあえず、
生きていれば幸せだ﹂
﹁
お前みたいな奴ばっ
かりなら、
人類はいまだに石器時代だ﹂
﹁
僕は別に、
それでもよかっ
た﹂