第
1
0
のサヨナラハルウララ
、
サイレンスズカその1
﹁
馬は、
誰のために走るんだろうね﹂
日本一長いと言われている東京競馬場の直線を
、
ムチでピシピシ叩かれながら駈けていく
サラブレ
ッ
ドを見ていたツヨシが、
ふと呟いた。
﹁
まさか、
自分に賭けてくれた人のために走っ
ているわけではないよね
﹂
ぶひひひひ
。
真っ
先にゴ|
ル板を駆け抜けた馬がいななく。
﹁
走りたいから、
走っ
てんだ。
考えすぎだろ﹂
俺は言っ
た。
﹁
走りたいから?
﹂
。
﹁
そうは見えないけど﹂
いわれてみれば
、
体の表面に浮かび上がっ
て、
どくどく脈を打つ血管は
、
まるで、
ムチを打たれたみみずばれのように見えなくもなかっ
た。
それだけ見れば
、
勝っ
たのか、
負けたのか。
判別はつかない。
ただ、
疲弊しき
っ
て、
痛々
しいだけだっ
た。
※
そういえば
、
かつて、
負け続けることで、
人
々
の感動を得たサラブレッ
ドがいたと思っ
た。
﹁
ハルウララ?
﹂
そう
。
そんな名前。
デビ
ュ
|
以来、
連戦連敗。
負けても
、
負けても、
なお全力を尽くして走る。
その姿が
、
お涙頂戴のブ|
ムになっ
た時代があっ
た。
馬鹿馬鹿しいことだ
。
当時
、
俺はマスコミの馬鹿騒ぎを嘲っ
た。
ちょ
うど﹁
癒し﹂
という言葉がはや
っ
ていた頃だっ
た。
所詮は、
報われない自分を重ね合わせる
、
敗者のたわごとだと思っ
ていた。
﹁
雄也さんは、
強いから﹂
ツヨシは笑う
。
﹁
弱い人の気持ちが、
分からないんだよ﹂
弱い人の気持ちが分からない
。
これまで
、
何度も繰り返し聞かされてきた台詞だっ
た。
そんなもんだろうかと俺は答える
。
そんなもんだよとツヨシは笑う
。
※
俺は
、
ツヨシと一緒にタ|
フと客席を区切る手すりに、
体を投げ出すようにしてもたれかか
っ
た。
そうや
っ
て、
馬の視線になっ
たつもりで、
観客席を見渡してみる
。
なだらかな傾斜を描いた観客先には
、
くすんだ色の服を着た人間たちが
、
新聞紙を広げて腰を下ろしている。
時折、
風にあおられて新聞紙がはためく様は
、
ひどくみすぼらしい。
まるで、
芝生の上に捨て置かれた
、
馬の糞のようだ。
自らが血力を振り絞
っ
て走ることが、
見知らぬ誰かの賭けの対象となる
。
ふと思いついたその構図が
、
資本主義によく似ていることに気づく
。
誰のために走るか
っ
てことは、
何の為に働くのか
っ
てこととイコ|
ルだ。
しかし
、
だとしたら俺は、
一体、
何の為に、
胃痛薬と睡眠薬をむさぼり
、
声が枯れるほど怒鳴りながら、
働き続けているのだろうか。