第1のサヨナラ
大好きな人とのメ
|
ルの終わらせ方。
その2
※
私は
、
それを見るのが、
嫌で嫌でしょ
うがなかっ
た。
そいつは35歳で
、
独身だっ
た。
仕事もないくせに残業するのが得意で
、
長く付き合っ
ている彼女がいると言
っ
ていたが、
私に限らず
、
会社の誰もがウソだと思っ
ていた。
本人はやりたいことが見つか
っ
たので辞めたと言っ
ていたが、
首にな
っ
たのだというのが専らの噂だっ
た。
リ
|
マンショ
ッ
クの影響で、
会社は昨年末から、
定期的に人を切り続けていた
。
気がついたら
、
社員は一時期の半分に減っ
ていた。
辞めさせられたのは
、
景気が良かっ
た頃に入社して、
会社の中でそれなりの地位と役職に就いた人ばかりだ
っ
た。
※
あいつは新卒入社から12年働いた
。
詳細は知らないが
、
みんなの意見を参考にするならば、
少なくとも
、
あいつは人を悪く言うようなことはしなかっ
た。
仮病を使
っ
て休んだり、
早びけしたりすることはしなかっ
た。
与えられた仕事であれば一生懸命こなした
。
誰かの足を引
っ
張るようなこともしなかっ
た。
けれど
、
仕事はまるでできなかっ
たらしい。
悪い人ではない
、
というのが唯一の誉め言葉みたいな人だっ
た。
私のような不景気の時代しか知らない人間には想像もつかないけれ
ど
、
そういう奴でも
、
毎年昇給して、
年に2度ボ|
ナスをもらえる、
この国にも
、
そんな時代があっ
たのだ。
※
溜池山王にあ
っ
た会社は、
この春、
都落ちするように水天宮に移転した
。
これまでの半分ほどの広さしかないオフ
ィ
スで、
身の丈にあっ
た給料と机を与えられて
、
もうそろそろ
、
首切りもひと段落するかと言う頃、
そいつは首を宣告された
。
ついていないのだ
。
要領も悪ければ
、
人付き合いも悪い。
お世辞の一つもいえない
。
そんな人間が、
今の時代
、
新たな環境の中で生きていけるのだろうか。
次の会社は決ま
っ
ていると言っ
たが、
みんなウソだろうと思っ
た。
もちろん
、
誰も口にはしなかっ
た。
※
私がまだ入社して間もない頃
。
あいつからメ
|
ルをもらっ
たことがある。
最初は多分
﹃
今、
電車が停まっ
ているから、
気をつけて﹄
みたいなメ
|
ルだっ
た。
あいつは私と同じ沿線に住んでいて
、
車両事故で電車が遅れていることをわざわざ教えてくれたのだ
っ
た。
あの時は
、
いい奴だと思っ
た。
返事を返したのが
、
よくなかっ
た。
それから頻繁にメ|
ルが来るようにな
っ
た。
﹃
今日、
○
○
の映画を見た。
あんまり面白くなかっ
た﹄
とか﹃
○
○
の駅の商店街で福引をやっ
たらティ
ッ
シュ
が当たっ
た﹄
とかどれもこれも下らない内容だ
っ
た。
何が言いたいのか分からなかっ
た
。
何となく気にな
っ
て、
同期の大越君にメ|
ルを見せたら﹁
気があるんだろ﹂
と大越君は鼻で笑っ
た。
び
っ
くりした。
気づいているくせに、
気づいていない振りをして﹁
こいつ私のこと好きみたいよ﹂
なんて大越君に自慢しているみたいで
、
自分が嫌な女にな
っ
てしまっ
たような気がして、
﹁
そんなんじゃ
ないから﹂
と言っ
たら、
ますます笑われた。
※
辞めることを聞いた時は
、
正直、
ほっ
とした。
メ
|
ルのやりとりも絶えて久しかっ
たし、
仲が悪いとか、
ギクシャ
クしているとか
そういう関係でもなか
っ
たし、
いてもいなくても別にどうでもよかっ
たのだけれど、
それでも
、
毎朝、
あの男が、
小さな安っ
ぽい貯金箱に、
小銭をねじ込む
、
あの姿を見ないで済むと思
っ
たら、
それだけで心は安らいだ。
送別会はずいぶん盛り上が
っ
た。
みんな笑顔が絶えなかっ
た。
まるで普通の飲み会にでも参加しているみたいだ
っ
た。
とい
っ
ても、
あいつが辞めることを喜んでいたわけではないと思う。
それなりに悲しんでいた
。
少なくとも最初のうちは。
ただ
、
その悲しみには持続力がなかっ
た。
容易に想像がついたのだ。
あいつがいないデスク
、
あいつのいない朝会、
あいつのいない昼時。
あいつはまるで
、
自分以外の別の人を見送るように、
安易に見送られてしま
っ
た。
軽んじられる存在なのだ
。
返さなくてもいいメ
|
ルと同じ様に。
Copyright©2010 be Nice Inc. All rights reserved.