第
1
2
最後のサヨナラサヨうであるナラば
、
いざゆかん。
その9
※
﹁
私、
自殺する時はいつも、
これから死にますっ
てブログに書くようにしてるんだけど
、
今回は書き忘れちゃ
っ
た。
今思い出した。
どのみち
、
もう見ることないから、
別にどうでもいいんだけどさ、
何ていうか
、
可笑しいよね。
せっ
かく死ぬのに、
そのときだけ、
書くの忘れち
ゃ
うなんてさ、
それだけが今は唯一の心残りっ
ていうか﹂
﹁
黙れよ﹂
っ
た。
﹁
え?
﹂
女は
、
ブフっ
と豚のように鳴いた。
俺は部屋に取
っ
て戻ると、
派手にデコレ⼁
ショ
ンされた携帯電話を持
っ
てきて、
それを浴槽の女に手渡した。
﹁
何?
﹂
﹁
誰かに電話しろよ﹂
俺は言
っ
た。
﹁
どうして?
﹂
﹁
サヨナラっ
てまだ言っ
てないんだろ﹂
女は
、
うつむくと﹁
そんな奴、
誰もいないよ﹂
と笑っ
た。
﹁
それに私、
そういうみっ
ともないことしたくない﹂
女は自分にもプライドがあると言
っ
た。
﹁
何がプライドだ。
十分、
みっ
ともないんだよ﹂
女はひどいと言
っ
たが、
俺は相手にしなかっ
た。
胸のむかつきを抑えようがなか
っ
た。
﹁
いいから、
言えよ。
お前が死んでくところを撮っ
ても、
何も面白くないんだよ
。
不細工だし、
デブだし、
誰もお前が死んだ姿なんか見たくないんだよ
。
誰でもいいから、
今までお世話になりましたっ
て
、
サヨナラっ
て言えよ。
﹂
﹁
言っ
てることが分からないっ
﹂
﹁
じゃ
あ、
黙っ
て死ね。
一人で、
黙っ
て、
受け入れろ﹂
俺は機材をまとめて
、
風呂場を出た。
※
サヨナラ
。
伊藤さんは別れ際
、
必ず、
そう言っ
た。
﹁
また明日﹂
でもなく、
﹁
お疲れ様﹂
でもなく、
﹁
バイバイ﹂
でもなく、
﹁
御機嫌よう﹂
でもなく、
明日会うと分か
っ
ていても、
必ず
﹁
サヨナラ﹂
と言っ
て別れた。
ある時
、
倉庫の入れ替えが長引いて、
朝になっ
て作業が終わり、
吉野家で朝飯を食べて別れた時があ
っ
た。
一度着替えのために家に戻るだけで
、
次の作業のために数時間もしたら戻っ
てこなければならない
、
そんな時でさえ、
伊藤さんは﹁
サヨナラ﹂
と言っ
た。
﹁
それじゃ
まるで今日が最期みたいじゃ
ないですか﹂
ある時
、
編集部員の一人がそれを咎めて笑っ
た。
伊藤さんは笑
っ
たまま答えなかっ
た。
伊藤さんは
、
戦争を経験した世代だ。
俺が知
っ
ている中では唯一と言っ
ていい。
もしかしたら
、
今日と同じ明日が
、
明白に約束されている。
そんな現実を
、
どこかで疑っ
ていたのではないだろうか。
※
アパ
⼁
トの外に出ると、
空に向けてシ
ャ
ッ
タ⼁
を切っ
た。
数時間前に見たのと同じ
、
雲ひとつない青空だ
っ
た。
何度も何度もシ
ャ
ッ
タ⼁
を切っ
た。
サヨナラ
。
本当のところ
、
俺には伝えたいことなんて
、
何もなかっ
た。
ただ
、
目の前にあるものを撮りたい、
その瞬間
、
瞬間があるだけだっ
た。
何でもいい
。
一度しかない、
その瞬間を切り取っ
て、
胸の中に焼き付けたか
っ
た。
﹁
待ちなさいよ!
﹂
カンカンカン
、
アパ⼁
トの階段を女が駆け下りてくる。
半裸の状態で
、
手首から血をほとばしらせて下りてくる。
俺は祈るようにして
、
シャ
ッ
タ⼁
を切っ
た。
どこかにつながっ
ていることを信じて
、
シャ
ッ
タ⼁
を切っ
た。
了